闘病、いたしません。/第1部●悪性リンパ腫(6)

がん治療のツケを払い続けている一患者の記録

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vol.11 第2ラウンド

切り札いきなりKO負け

 1988年(昭和63年)8月11日木曜日。
 入院77日目。
 この日から2クール目の治療が開始された。
 初日に使われた薬は、1クール目と同じだったが、エンドキサンは750mgから1000mgに増量された。

 9時。
 点滴スタート。
 久々の点滴だが、間をおけば出るというわけではなく、やっぱり出ないものは出ない。

 11時半。点滴の管の途中から秋本先生が問題の注射を刺しにくる。
 前もこれで吐き気がきたとわかっているので、わかっててやるのは当然ながらいやな気分である。

 12時40分。
 緊張の中、1本目の点滴が終了する。
 2本目はまた違う種類の治療薬+ビタミン剤だ。
 なんかいつ吐き気が始まるのかとビクビクしながら待ってる感じだ。

 3時50分。
 2本目の点滴が終了。気のせいか胸がムカムカしてきたように感じる。

 5時40分。
 吐き気が気のせいではないことが明確になってきた。
 これ以降は室内でトイレを済ませる。

 6時。
 昼間の食欲がうそのように一口も入らない。
 吐き気に耐えられず、座薬を入れてもらう。
 過去2回ともこれで吐き気がひいたので、今回の切り札的存在だったが、予想を裏切り……効かない!
 いざとなればこれがあると思っていたものが効かなかった精神的打撃は大変なものだった。
 これからの数時間を想像して背筋が凍りそうになる。

 6時45分。
 吐き気止めの静脈注射をするが、その5分後、胃が5回ほど痙攣して、うち2回もどす。
 吐いた直後はわずかな間楽になれるので、その間に看護師さんに水を汲んできてもらって室内で洗面を済ませ、コンタクトもはずし、電気も消して寝る体勢を整える。
 夕食後の薬は今飲んでも100%吐いてしまうのでパス。

 8時。
 このあたりが吐き気の最高潮だった。
 熱で顔が沸騰したように熱く、手足はしびれてまったく力が入らない。
 冷えても温めてもどちらの刺激でも吐き気が倍加してしまうので、顔も冷やせないし、かといってクーラーも消せない。
 ひどいときには息を吸う振動だけで吐き気がわきあがってくるのでうっかり息もできない。
 朝までの我慢だと自分を励ましたが、1分の時間が1時間にも感じられ、あまりの苦しさにいっそのこと麻酔を打って仮死状態にしてほしいとすら思った。
 耐えられずに半泣きになりながらナースコールをするが、返事ばかりでなかなか来てくれない。

 8時10分。
 たった10分がこれほど長いとは…。
 ようやく当直の先生が来てくれたが、その瞬間に4回痙攣して2回吐く。
 先生は「規定量の3倍の強さの吐き気止めだからね。すぐに眠くなるよ」と言いながら点滴を入れてくれたが、その後もいっこうに眠くならないし、吐き気もピーク時よりはましになったものの、まだまだ正気を保てるほどのレベルではなかった。

 8時45分。
 気休めでもいいからともう一度座薬を入れてもらう。

 8時55分。
 三度目の嘔吐。
 お昼に食べたものまでさかのぼって出てきた。
 ずっと消化してなかったってことか。

 9時15分。
 規定量の3倍の吐き気止め点滴終了。

 9時40分。
 ついに吐くものがなくなって胃液を吐く。
 じっと我慢して横になっている時間と、我慢できずにガバッと飛び起きる瞬間とが交互にやってくる。

 11時25分。
 また胃液を吐く。
 吐いたのはこれが最後だったが、数分うつらうつらすると吐き気で目覚めて…という繰り返しが続き、最後に時計を確認したときは1時をまわっていた。


刀折れ、矢尽きる

 治療の翌日。
 まだ胸がムカムカして何も食べられない。
 ひどくなる前に先手を打って、朝一番で座薬を入れる。

 9時半。
 秋本先生が点滴を入れにくる。
 昨日食べた分もすべて放出してしまったし、今日もとても食べられそうにないので、脱水にならないよう、点滴を4本に増やす。
 食べないのはいいけど、この状態で経口薬を飲まなければならないのがほんとにきつい。

 2時45分。
 このあたりからまた吐き気が強くなってきてしゃべるのもつらくなってくる。
 会社の人がお見舞いに来たが、申し訳ないけどそのまま帰ってもらう。

 3時。
 二度目の座薬を入れる。

 4時35分。
 秋本先生が吐き気止めの筋肉注射をしにくる。

 5時10分。
 吐く。今朝から何も食べていないので、何回胃が痙攣しても胃液しか出て来ない。

 5時50分。
 夏目先生が点滴に吐き気止めを追加。
 座薬も筋肉注射も焼け石に水だ。
 外で配膳の音がするのが聞こえて、思わず「お願いだから食べ物を部屋の中に入れないで」と哀願。今となっては目に入っただけで吐きそう。

 6時半。
 夏目先生が「きっとこれで楽になるよ」と言いながら4本目の点滴に変える。
 不思議とこの先生の言葉には説得力がある。
 その言葉通り、15分ほどでうとうととしてくる。

 7時45分。
 起き上がって胃液を吐くが、そのあと急激に眠くなり、眠りと引き換えに少しずつ楽になっていく。


技あり夏目先生

 治療3日目。
 ようやく吐き気が収まってきたが、まだ動くと気分が悪くなるので念のため午前中はトイレは室内で済ませる。
 さすがに2日食べてないのでお腹は鳴っているのだが、胸のあたりがつまった感じで食欲はまったくない。
 最近は手の甲の点滴ラインも難しくなってきて、手首から入れられることが増えてきたが、よく動かす部分なだけにどうしても固定が甘くなる。
 この日も点滴しながらトイレを済ませようとしたら針が中でずれて液漏れを起こしてしまった。
 夏目先生が刺し直しにきてくれたが、手首より肘に近い部分(本来はここに入れるのが普通)に一発で入れてくれて大感動。
 太い血管に入ってるから「落ち」もいい。
 夏目先生、かなり点滴うまいかも。
 夜は映画のビデオを見られるくらいにまで回復する。

 治療4日目。
 食欲、ほぼ戻る。前よりもちょっと強めの胃薬に変えたせいか、今回は胃腸の回復が早い。
 が、相変わらず点滴が入らず。
 秋本先生、どうしても入れられずまたまた夏目先生が呼ばれる。
 「これはもう勘でいくしかないんだよねー」と言いながら今回も手首と肘の間のなにもないところにプスッと刺して1回で成功。
 すごい。血がビュンビュンほとばしってる。
 いつも狙われるのは手の甲とか手首とかのしょぼい血管ばっかりで、ほんと痛いし、ずれるし、動かせないし、しかも何度も刺されるしで地獄なので、血がビュンビュンとか鼻血が出そうなほど嬉しい。
 もうお願いだからこれからは毎回夏目先生が点滴入れにきてください。と思ったが、立場上そういうわけにはいかないのだろう。
 体調は戻ってきたが、今度は不眠に悩まされる。
 前回と同じパターンだ。


第2ラウンド後半戦

 治療8日目。
 治療中日でまた新しい薬が入れられる日だ。
 種類は同じだが、アドリアマイシンは40mgから60mgに、ブレオマイシンは10mgから15mgに、ビンブラスチンは6mgから10mgに増量された。

 9時25分。
 まず吐き気止めの点滴から開始。
 あとがつまっているので2倍のスピードで落とす。

 9時40分。
 2本目の点滴に交換。

 9時50分。
 真っ赤な注射と筋注。
 この筋肉注射がどえらく痛い。どうやっても痛いが、我慢せず声に出して呻いたほうがまだましのような気がする。

 10時。
 夏目先生がアイスノンをつなげたものを持って来た。
 これで頭を冷やすと血管が収縮して薬があまり上にいかなくなり、多少抜け毛が防げるかもしれないという。
 ほんまかいな。

 11時17分。
 今のところ吐き気はセーフ。
 夏目先生が先手を打って吐き気止めを注入する。

 12時40分。
 点滴3本目。

 2時10分。
 点滴4本目。

 2時15分。
 外科回診。
 「昨日の薬はどうだった?」と聞いてくる南田先生。
 昨日の薬とは眠前に飲む安定剤のことだ。
 最近不眠気味で安定剤が効かないと言ったら外科の先生たちが「内科の薬は効かないんだってさー」と喜び、「外科のメンツにかけても効く薬を出す!」といきまいて、昨日は外科から新しい薬が出されたのだ。
 「うーん、期待したほどじゃありませんでした」と言ったら「あれが効かないとは…なかなかだな」と驚かれる。
 が、東山先生はまだ諦めていないようで「わかった。まだべつのやつがあるから。今度はそれを出してあげるからね」となにやらワクワクしている。
 「あ、もしかして東山家ご愛用のアレですか?」と嬉しそうに聞く南田先生に、「そう。ぐっすり眠れて寝覚めはさわやか。大丈夫。息までは止まらないから。ふっふっふっ」と不穏なことを言いながら去って行く。

 5時。
 点滴5本目。吐き気止めのチビ点滴。
 時間調整のため、今度は極度にゆっくり落とされる。

 5時半。
 今になってだんだん気持ち悪くなってくる。

 5時45分。
 座薬を入れる。

 7時。
 吐き気が本格的になってくる。
 座薬が効いたのか、5分刻みくらいでうとうとするが、ハッと目覚めると再び吐き気がよみがえる。

 7時10分。
 点滴5本目が終了。
 筋肉注射2回目。
 本当ならこれで終わりなのだが、あまり食事がとれなかったのでもう一本栄養剤を追加される。

 8時。
 吐き気もひどいし、手足もしびれる。
 当直の先生が吐き気止めを注入。
 これが効いたのか、1時間ほどで眠くなる。

 治療9日目。
 あまり食べられないので点滴4本コース。
 が、2回も液漏れ→刺し直しの事態が発生し、夕食の時間が終わってもまだ2本目という大渋滞。
 寝る前に吐き気止めを入れ、点滴は3本で終了となる。

 治療10日目。
 まだ胸がムカムカして食べられないので朝からまた吐き気止め注入。
 この日の点滴は2本。
 喉がカラカラとひからびたようになる症状となんともいえない倦怠感で起きていられない。
 そして昨日に続いてまたもや点滴液漏れ……。
 くせになってしまっているのだろうか。

 治療11日目。
 胃腸の調子がようやく少し回復してくる。
 入院時に比べ、体重が2.5キロ減。
 これだけ苦しんでいるわりには意外に減らないものだ。
 ありがたく思うべきなのだろうが…。
 この日も点滴2本コース。

 治療12日目。
 治療終了まであと2日だが、吐き気がようやく収まってきたので、点滴はこの日で終わりにして、あとは経口に切り替えになる。
 この日は中岡教授の告別式の日だった。

<2013.01.30>

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登場人物一覧

人物名はすべて仮名です。
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※当時は「看護婦」「看護婦長」と呼ばれていましたが、文中では現在の呼称に従い「看護師」「看護師長」と表記します。

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